山頂は標高697.5m。ここには、草野永平の末裔・家清が、父祖代々の居城である竹井城が城として不安であるとして、天正5年(1577)に発心山頂に築いた城であり、久留米市、田主丸町、上陽町三市町の境界地に位置しています。 発心城も天正16年(1588)に家清が豊臣秀吉によって誘殺されたことにより、筑後における草野氏の勢力はなくなり、廃城となりました。
城跡は発心山山頂を中心として、東西約350m、南北約300mにおよぶ大規模な山城で、本丸のほか出丸、見張り台、堀切りと思われるところも確認でき、保存状態も良好です。