春になると、久留米つつじが街路や公園などで花開き、久留米の街中を彩ります。百年公園で開催される「久留米つつじまつり」や久留米森林つつじ公園には、市内外から多くのツツジファンが足を運びます。鮮やかな赤紫の躑躅色、紅色、白色といった多彩な花の色、株全体を覆うように咲く花付きの良さ。その優れた特長から、世界のツツジの多くが久留米つつじを親としています。

今日の久留米つつじの基礎を作ったのは、久留米藩の藩士、坂本元蔵です。江戸時代後期、城下の藩士や町人の間で、キリシマツツジの採集や盆栽観賞が流行していました。薩摩では、触書で霧島山より持ち出しを禁じられていたものの一つです。各地の大名は、徳川幕府に領地内の珍しい花木を献上していたので、薩摩から運び出されていたのでしょう。一斉に咲き誇るキリシマツツジは江戸の人々に好まれ、品種改良がされないまま各地に広がりました。

久留米藩で馬術指南役を務めていた坂本は才知に優れた人物で、｢すこぶる風流｣だったと伝わっています。ツツジの花型の基本は、５枚の花弁に５本の雄しべ、１本の雌しべ。坂本は、そのすっきりとした美しい姿に熱中していたものの、型や色に満足できずにいました。
「もっとたくさんの花型、色ができないだろうか」
形、色が単調で、種類もわずかだったのです。そこで、挿し木や取り木ではなく、種子から発芽させる「実生」を試みました。ツツジは、同じ花の花粉が雌しべについても受精しない｢自家不和合性｣ですので、他のツツジと「実生」した場合、親とは違う、変わった花が出る場合があります。ですが、「実生」そのものが困難な上に、開花には少なくとも３年はかかるとされています。坂本は公務の傍ら、梅林寺や高良山に行ってキリシマツツジの種子を採集し種まきを続けましたが、発芽しませんでした。

　何年も経ったある日、坂本は庭のコケに小さな芽を見つけました。それは以前、彼の手にあった種子を風が運んで芽吹いた、偶然の産物でした。
「栽培用の土に、水ゴケのような水もちの良いものを使ってみよう」
これからヒントを得て、数年後には次々と新しい花を咲かせることができました。長年苦心し、情熱を注いできた坂本は誇らしかったに違いありません。自分の開発した「コケまき法」を惜し気もなく同好の人々に教えたとも伝わります。記録によると、「坂本元蔵氏及びその時代の熱心なる栽培家によって育成された新しい花は、２００種余りに及んだ」とあります。こうして、新たな花型、色が加わったのです。

　明治、大正、昭和になってさらに品種改良が行われ、その技術や知識は園芸農家に受け継がれました。現在、久留米つつじは約３００品種があり、約１００品種が流通しているといわれています。

　中山大三郎さん作詞・作曲による「つつじ音頭」は、こう歌っています。
「ハアー　久留米つつじは　いとしい花よ　すきまないほど花咲かす　色もいろいろ赤白ピンク　見れば見るほど　惚れ直す」
時代は移っても、素朴にして可憐。その美しさに魅せられた男の面影を久留米つつじに見ます。

坂本元蔵（天明５・１７８５～安政元・１８５４）

主な参考資料
「久留米躑躅誌」・「久留米のつつじ」・「つつじ入門」他

　取材、執筆　オフィスケイ代表　田中　敬子